
はじめまして!どうも、田淵です。
15年近く会社員をやってきましたが、営業マンを最後に
会社員はやめました。
ぶっちーと名乗っています。30代後半でもうすぐ中学生になる息子が1人います。
ブログを見に来てくれてどうもありがとうございます。
かなり自分語りしてしまいますが、僕がどうしてブログをやるようになったのかわかるように書いてます。このページを上から下に読んでもらえればだいたいどんな人なのかわかるように書いてますので読んでもし何か感じることがあればコメントを頂けると嬉しいです。

魂込めて書いてますので、
特別嬉しいです!
ブラック企業は時給500円!
あらためまして、どうもぶっちーです。 人権を無視する生活、ブラック企業を体験してきた僕にとって
もう会社員には戻りたくありません。

もともと僕はブラック企業に長く勤めるダメ社員!
大晦日にお父さんから「お前その奴隷みたいな仕事やめろ」といわれるくらいのひどい環境でした。
2020年6月まで、僕は会社員でした。営業マンで過去にはブラック企業といわれる会社に入っていて本当に劣悪な環境で仕事をしてました。
- 休みは月に1回か0回
- 1日15時間の実働時間が通常 (8時間労働って何w)
- うつ病になる人多数
- 45日間連続出勤が自己最長記録! (1日15時間x45日!)
- 月の労働時間は300時間オーバーが通常(普通180時間くらい?)
- 残業代は0円 (レジ袋の方が高い!)
- 時給換算で500円になる!
休みが月に1回もないのが通常で、1日15時間を45日連続勤務とかしていて、
ある日仕事の最後に清掃が終わって帰れる時間、
理由もなく涙が止まらなくなることもありました。
起きる 仕事 帰る 寝る
毎日頭の中で考えていたことはほとんどこの4つ。
起きる⇒仕事⇒帰る⇒寝る
人間の生活ではないです、なんでそんな状況になったかというと僕は栄養士の資格を取ったあと厨房で働いて、そこで入社1ヶ月で厨房の責任者となり調理をする仕事をすることになりました。

入社1ヶ月で責任者はやばいw
奴隷に首輪をかけるまでの時間が待てないくらいにひどい環境
朝食を作って、昼食を作って、夕食を作る。朝は7時提供、夕食は5時ごろとなるとその時間に作って出さないといけません。僕は厨房の責任者として働いていたので、365日の毎食、3食+おやつや毎月のイベントをするなどすべての責任が自分にかかります。
- 朝食は7時 (朝は6時出勤)
- 昼食は12時
- おやつ15時
- 夕食は17時半(帰りは21時頃)
7時にごはんを出すと強制的に今度は、12時の食事に間に合うように準備を始めます。そうすると頭の中はほとんど次の料理を作ることばかり考えることになります。
食事を出したら今度は食器を洗わないといけません。
作って盛り付けて洗う。
これを毎日毎食、提供時間までに食事を作って盛り付けて出さないといけない。
何度も何度も時計の時間を気にして、あと何分しかない。あと何分で出さないといけない。
時間に追われる仕事を、無限ループのように繰り返し繰り返し毎日・・・。
精神が完全に破壊されるまで続きます。
老人ホームで働いていて、併設で保育園もあったので食事は毎食5種類、食形態も流動食からきざみ食、ゼリー状に固めて出す、アレルギー食に禁食の対応なども全部やっているので一度の食事で約50種類の人たちについて強制的に考える必要があります。
0歳から100歳までの食事の管理
トータル約120人の食事を毎食
すべての人の食事の責任を背負います。
朝は4時に起きて夜は家に帰ると22時ごろ。
家族は妻も子どもも小さかったのでその時間には寝てます。
そして毎日お酒を飲んで胃も身体も精神的にもボロボロになって、次の日の15時間という過酷な労働地獄に毎日耐えます。
でもなんで45日も連続出勤をすることになるの?


同じ厨房内の人が休みを取るために、僕の休みを削ることになる。
休みがなければ人が辞めてしまう。辞めてしまうと1から教えないと行けない。そうなるとさらに自分の仕事量が増える。
そして僕は甘い性格なので、人に休みを削ってもらうということが出来ず、
自分の休みを削ってしまうんだ。

そして休みを全部あげてしまって、45日連続出勤が確定した状態、30日も経ったころ、毎日15時間の労働地獄が続く中、手を休めることも気を休めることも出来ない状態で、帰りの清掃をする時間でした。
もう帰れる!
っていう安心感からか、なぜか暗闇の中僕は涙が止まらなかった。
仕事が終わらない。帰れない。絶望。毎日が辛い。

こんなことを考えていたと思います。
30歳もすぎたおじさんが涙が止まらない理由もわからず。
ただ涙が垂れるのが止まるのを待つだけでした。

週に1回の休みが夢だと思うくらい諦めの人生でした。
そんな僕は外注化を知って人を50人以上を雇うようになりました。
自動収入に外注化と仕組み作りを組み込めば、週休二日どころか毎日が日曜日になっていきます。働きたいときに働いて、あとは自分のために時間を使えるようになるんです。
今の休みは自由で、いつでも休めるし、朝何時から出勤というのはないので好きな時に好きなことができる生活になりました。この環境を手に入れるのが夢だと当時は考えていました。
でも実際は会社員を辞めても食っていけます。
僕がこのあやしいネットビジネスに本気で取り組むようになった経緯、人を雇い自由を手に入れるための活動をなぜ始めるようになったのか、語っていきたいと思います。
今まで地獄を見て来た僕はあなたの労働地獄を本気で終わらせたい!
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東京スラム街出身!

スラム街は最高だぜ~!
僕の育った場所は東京の中でも、 本当に荒んだ街です。笑
ちょうどスラム街というとしっくり来るような街で、 今でも十分ひどいですけど、僕が幼少期の30年も昔はもっと荒んでいました。
荒んだ街で育ってきた僕は、人よりも理不尽なことに対して強い免疫があります。平気な顔をして汚い言葉を使うし、たぶんこれを読む人は言われたら耐えられないくらいなことを平然と言える街、かなり変わった土地だと思います。
小学生たちが朝学校に行く時に集団登校をするのですが
そこにこの町の特徴を見ることができます。
小学生の時には僕も一緒になって自動販売機の釣銭が出る部分を毎朝かちゃかちゃ入っているか確かめる・・ということをしてました。苦笑

なんでそんなことするかとわからない人もいますよね。

そこに小銭が残っていることがあるからです!
そのくらいひどい環境でした。
これは今の地元の子どもたちでもやっているのを見たので驚きました。こんなところに変な習慣が残っていることは本当に複雑な気持ちになります。
あとは口が悪い人が多いので平気で傷つくような言葉をしゃべってしまう。自分に対して汚い言葉を使ったり冷たい態度を取られたりしてもそれを他の人へやってもいい訳ではないです。
- 汚い言葉が日常
- 暴力も日常
- 危険と隣り合わせも日常
汚い言葉をあびた相手というのは見た目ではわからないけど、傷ついていきます。
僕はあんまり汚い言葉は好きじゃなかったので、
スラム街ではめずらしく丁寧語を使い分けますw

みんな丁寧語が英語並みにしゃべれないゾ
暴力で解決しようとする人、こういう人も多かった。すぐに大人数で囲んでくる。 それも小人数になるとほとんど何にも決めることができないような人たちが特に多い。
子どもの時は僕は生意気な少年だったので度々囲まれてぼこぼこにされていました、でも袋叩きにあったやつらを1人ずつやっつけていったらそれはもう簡単に仕返しができました。


やり返してしまうと当然恨まれるけど、やられっぱなしというのが我慢できなかった性分から僕はいつからか孤独になってしまいました。
そうして幼少の頃は比較的自由にしていました、頭はいい方ではなかったけど、その代わりに力はありました。だから誰かに支配されることがないまま好き放題して生きてました。


ただ力で自由にできるのは高校生くらいまででしょう、段々頭が必要になってくることになっていることに気がつかないまま大人になってしまったと今では思う。
本当は気がつくチャンスはあったと思います。
何事からもいつからか逃げ出すようになってしまいました。
自分の力で稼げないとこき使われる

ほ~らもっと走れ~
*こき使う経営者
僕は1985年、春に生まれました。母の里帰り出産で栃木県宇都宮市が出生の地です。説明が面倒だからいつも東京出身としています。僕は小さいころ、お父さんが怖かったです。父によく怒られた経験があって怖かったからです。
お父さんが実は今でも少し怖くて、うまく親子らしく接することが出来ません。
実はあんまり一緒に遊んでもらった記憶もなくて会話がまともに出来ない。お父さんは170cmあって神経質でよく母とケンカをする。僕は幼少期から小柄な方で、怖くないわけがない。

父は職人で、毎日遅くまでものづくりに励んでいる。 だから長く説明したりするよりも手を出した方が早かったんだと思う。でもだからこそ逆らったら殴られるということがあった。
嫌いという印象はないけど、やっぱり怒られるのは嫌だ。
お父さんは物を使って殴ったりしないことを信条にしていたけど、やっぱり殴られたり蹴られたり怒鳴られたりするんじゃないかと思うとやっぱり怖かった。


そんな恐怖感があった。だから言いたいことを言えなくて欲しいものを欲しいと
正直に言い出せない。わがままも勝手に遠慮してしまって言えない。
一緒に遊びにどこかへ出かけたり、そんなお父さんもいるだろう、どんな記憶がある家庭が普通なのか僕にはわからない。 父親ってどんなことをするのがいいのか、 僕は今でもよくわからない。
毎日遅くまで仕事をするお父さんに本当は一緒にどこかへ行ったり遊んで欲しかった。自分から待っているだけでは何も変わらないことに薄々気が付きながらも気が付いていないふりをしてきたと思う。
そんな僕は自分で事業を始めるまで全てを誰かに支配されてきた。
誰かに支配されていることは、自分の力で生きることよりもずっと楽だと思うかもしれない。
でも己の力で稼ぐことが出来なければ、誰かの下で指示を受けてその指示の中で良かったり、悪かったりする。そんなことはその人の気分次第でも変わってくる。

休まず働け~!
もう身体が動きません・・・
考えてみるとばかばかしい。
正直になれない僕は会社に所属して仕事をしていく中でいつも劣等感を感じてました。時間がない状態で膨大なタスクをするので、自然と失敗する回数が増えます。失敗する回数が多いとそれが劣等感になっていくだけです。なにも良いことはありません。
それがどうしてなのかもわからないまま、考えることもしていなかった。ただ怒られるのが嫌だなと思って適当に上辺だけ取り繕っていました。
- かなりこき使われる
- 休みなく働かされる
- サービス残業させられる
- 劣等感でいっぱいになる
- 嫌な仕事を我慢してしないといけない

なまけものではないのに、なぜか労働地獄が続きました。
僕が善意で仕事をすると必ずだまされる。
自分で事業を始めた理由

僕が始めた事業、それはインターネットを使ったネットビジネスです。
正直何度も名前を見てきて怪しいと感じていたので、自分がこれを本気でやるようになるとは想像もしてませんでした。この思考のウラには過去にブラック企業で勤めていたことが大きく影響していると思います。

奴隷として一生働くんだ~!
ブラック企業には
2度と戻りたくない・・
ただこれを始めたこと、いい形で出会えたこと、僕にこの方法を教えてくれたメンター(師匠)に本当に感謝をしています。この人についてもいつか話していきたいと思います。
メンターの人は
副業で働いている間に年収が総理大臣を超えるという偉業を成し遂げています。

鬼作業は必要!でもネットビジネス
一択でしょう!
なぜネットビジネスを始めたのかその理由はリンク先でもう少し深く説明していきます。かなりブラック企業の話しが出て来て暗い過去なのでこんな人もいるんだなと知ってもらえたら嬉しいです。
ビジネスってどう始めたらいいかわからない? メルマガで詳しく説明しているよ。
自由がない生活

『金持ち父さん貧乏父さん』の本は読んだことあるでしょうか?
僕はこの話しで働き方は4つに分類されるというのを知りました。僕はずっと従業員として働いてきましたが、この仕事というのは時間給や固定給での世界観で仕事をしてきていて、どれだけこの仕事を続けたところで生活は楽になってこない特徴があります。

従業員
ビジネス
オーナー


自営業
投資家

実際に今まで従業員として働いてきて、少しずつ楽になってくることはなくて、年齢が上がるごとに選択できる職業は減ってくるし、体力も落ちてくるのでどんどん状況が悪くなる一方でした。
実績を積むとか、次の仕事が楽になるような仕事という選び方ではなくて、単純に給料が良い、楽そう、そんな目線でしか選んで来なかったために年齢だけ重ねてしまって、選択肢がみるみるうちに減っていたことに気が付いてませんでした。

なんか最近すぐ疲れるんだよな~
- 勉強しなくてもお金がもらえる
- 人任せでも大丈夫
- 給料は全然上がらない
- 休みは自由に取れない
- 有給は使ってはいけない
- 怒られる、指図される
- 基本的にだまし合い
- 人が出世しても嬉しくない
- 年齢が上がるにつれて身体がきつくなる
そんな僕は最初に工業高校を卒業して、ものづくりをしようと考えていました。それは単純にお父さんがものづくりをしているから、なんとなく選んだだけです。
そして工場では造船所に入りました。そこで木型の製造をしてノミとかカンナとかを使って作る職業に就いてます。



この仕事は良かったと思います。目線がもっと違ければ、独立も出来ただろうし、もっといろいろな可能性も今はあったと思います。
リーマンショックがあって労働時間が急に半分になったのもあって、僕は驚いて違う道を歩むようになりました。
自由がないのはお金がないことが要因になります。それも少なければ少ないほどどうしようもない要因になってしまいます。このリンクからどんな不都合があるのか掘り下げて説明しています。
転落

いつまで
この労働地獄が続くんだ・・・
状況は正直造船所を辞めたところら辺から悪くなってきていたと思います。僕は次の就職先はもっと手堅いところ、ちゃんと資格を取る必要があると考えました。
国家試験でどれか取れる資格はないか、どの資格を取ったらとりあえず食っていけるだろうと、ここでも甘い考えを持って探して栄養士の資格を取ることを選択しました。
栄養士の資格は取るまでに2年間、最低でも学校に通わないといけません。仕事をメインで出来なくなるので2年間の生活費はすべて工場で働いて貯めたお金を切り崩して出しました。
今は管理栄養士の資格も取っているのですが、正直管理栄養士の資格をただ取っただけでは何の意味もなかったです。
必要なことは、資格とかそういう無価値なものではないと断言します。資格は最低限しか保証してくれない。何も生みだしてくれない。自分の属性を決める要素ではあるけど、そんなものがなくても十分やっていけます。
甘えた考え方ではどんどん雪だるま式に負のスパイラルを回すことになります。失敗を繰り返してきた僕だからはっきりと断言できる。未来のことをじっくり考えて未来を建築していかないと、状況は悪くなるだけです。
何も未来を建築してこなかった人には、良い人と出会うような奇跡は起こりません。自分の考え方や価値観を変えない限りどうやっても変わりようがないんです。
ビジネスと出会う

散々どうやったらこの負のスパイラルから抜け出すのか、考えていました。積み上がった巨大などうにも解決できそうにない大きな黒い塊。
一発逆転は起こらない。そう確信していました。
今までの僕はどうしたら楽に抜け出すのかという現実的ではない考え方で、楽をしようと考えてしまうミスをしていました。
正直抜け方もわからないし、誰も助けてくれることはないだろうし、生きているのも馬鹿らしくなるくらいに支離滅裂とした人生に嫌気がしてました。


それが全部自分の甘えからきていることも十分わかってました、ただどうやったら抜け出すことが出来るのかわからなかった。
投資をするという考え方に出会うまで、実績を積み上げるとか、そういう発想もなく、ただ目の前にある仕事を早く適当に終わらせることにだけ頭を使うだけでした。
投資というのは別に株を買ったり、FXをするとか、不動産をするだけではないです。
- 時間
- お金
- 知識
こんな風に投資できるものは3つあると思います。時間をかけて技術を習得するとか、人と知り合って人脈を作るとか、勉強をしていくとか。最初は簡単な仕事から初めて実績を作るとか。
今はライティングの仕事を教えていますが、最初に入ってきてすぐにやめていく人のほとんどが過去の僕と同じように学習する時間を投資だと考えていない人が多いです。即お金を求めていて労働地獄から抜け出せることはないです。
ちょっとわかりにくいのでたとえ話をすると。
畑仕事で考えます。
種をまいてお金をもらうだけの人はずっとその労働から抜け出せない人になってしまいます。


水をまいて、肥料をあげて、病気にならないように苗を守って、上手にたくさん収穫するために過去の失敗から学習してどう改善したらいいだろう。
売れ残ってしまった、売れ残らないようにどうしたらいいんだろう。これを食べる人はどう感じるんだろう。より好きになってもらうにはどこを修正したらいいんだろう。
というように思考するための時間を投資して積み上げていくことが本当に重要なんです。偶然はここに起こりません。
そして知識に投資していくことも大事です。これに投資をしていくことがもっとも早く効率がいいです。時間も必要になりますが、簡単に言えば勉強しろってことです笑



本を読んだり、動画をみたり、そうやっていくことで知識を増やすことはできます。
本を買う金額をケチったりする人も多いですけど、もったいないです。覚えたことを誰かに教えてあげることでとても喜ばれます。
ただ聞かれた時にスマホを出してWikipediaで調べたことをつらつらしゃべってもダメなんです。そのことに関して知識があるかどうか、それは準備が必要です。
長い時間をかけて覚えて、知識は特に使って行かないと投資にはなりません。調べてわかることは意味がないと思うかもしれませんけど、脳内にしまっている知識はかけあわせることができます。



今ある知識と何かをかけあわせることができるのは両方の情報を知っている人以外にいません。誰かから教えてもらったことというのはもうすでに存在している情報になってしまいます。
そんなものはどこかネットで調べたらわかる。それしか知らない状態ではいつまでも同じところを巡回するだけになってしまいます。
人に教えてあげるということは、自分にもたくさんメリットがあります。ただ本題とそれてしまうので教えてあげることでどんなメリットがあるのかは別の機会に話します。



僕はビジネスを知って人を雇うようになりました。そこの中でたくさんの良い人と出会い、今まで経験したこともないくらい感謝をして、感謝されてとても楽しいです。
ただしこれに出会うまでの僕の人生は深海のように深い闇をかかえていた僕なのでやっと発見したビジネスの価値観にすごく興奮しました。

何日も激しく恋に落ちた時みたいに眠れなくて
心臓の鼓動も強く頼もしく感じました。
今までの価値観
金持ち父さん貧乏父さんに出てくる貧乏父さんがまさに過去の自分の考え方です。
もちろん貧乏父さんは博士号を取っていたりするので僕とは全然違って優秀な人物そのものですけどね!
- 金への執着は諸悪の根源
- 金持ちはお金に困っている人を助けるためにもっと税金を払うべき
- 買うためのお金はない
- 貧乏父さんの家では食事中にお金の話しは禁止
- 会社とか国に頼ることは良いことだと信じてる
- 自分は絶対にお金持ちにはなれない
- 現状をかえることをあきらめている
全部自分にどストライクで当てはまっているなと感じます。1個づつ掘り下げていくと1冊の本になってしまいそうなのでこのページでは過去の自分も同じだったことだけ伝えるだけに留めます。
どうやってもお金持ちになることはない、貧乏生活から抜け出すことはない。
この貧乏父さんの価値観、考え方だと確かに脱出不可能。
無理。だと今ではわかります。
- お金がないから、僕はずっと困っていて簡単にみつかる仕事を続けてきました。
- お金がないから、妻とケンカをしたことがあります。
- お金がないから、ケチになります。
- お金がないから、人の成功を素直に喜べません。
- お金がないから、自分の考え方に迷います。
- お金がないから、値札シールを商品の中身よりも真っ先に見ます。
- お金がないから、自分のことばかり考えてしまいます。
- お金がないから、貧乏だと思われたくないと考えました。
- お金がないから、何事も出来ないと考えました。
本当はやりたいこともたくさんあるのに、出来ることもたくさんあったのに、勝手に自分にはすべて出来るはずがないと誰かと比べることで思いこむようになりました。
他者依存や自己依存で完結する価値観ではどうやらうまくいかないということもわかりました。
自己依存、そして自立。
これが手に入ればハッピーになれるんだと思っていましたけど、これも正解じゃないと気が付きました。正確じゃないと今は思います。自分でなんでも出来るようになる。それでいいじゃん!って思うかもしれません。



でもちょっと違うみたいです。孤独でいる間はお金を手に入れても幸せにはならない。ビジネスをする上ではお金は当然稼ぐけど、それだけではいけないと学びました。
お金を欲しいと思うことは良いことです。それは断言できます。欲しいと思わないように、とは言わないし思いません。
正直なところ僕のここまでの人生はずっと貧乏ではあるけど、餓死するほど貧乏にはなりません。だから、ほどほどに生活できています。お金には困っているけど、即行動を起こすというほどでもない程度の貧乏です。

貧乏人!とはっきり僕に向かって言われたら腹が立ちます。
事実なので言い返せないからです。
じゃあ、あなたはお金に困っている人ですか??

さすがにそこまで貧乏じゃない・・

こう質問されると、自分のことじゃないと勝手に解釈してしまいます。なので、このままでいいかなとか甘く考えてしまうんです。
30代男性の平均年収は480万円。最低でも手取り月収30万いかなければ平均以下です。
手取り20万円前後は、はっきりと貧乏です。
貧乏な価値観では何も増えていきません。減っていくのをどうやったら減らないか考えたところで限界があるんです。


コップの中のジュースがどうしたら減らないかを試行錯誤するよりも、どうやったらジュースをもっと手に入れるかを考える方が明るい未来があると思うようになりました。
失敗だらけの僕が知っていて欲しいこと
お金を使わないようにするのはジュースが減らないようにする考え方と一緒です。じゃあ増やすにはどうしたらいいか?というとお金は単なるツールだと考えます。
移動するための手段で日本からアメリカへ行くのに泳いで行こうとする人はいません。
時間を短縮できるから飛行機を使います。

でもこれを仕事になると急にケチな考え方が出て来て、目の前の仕事を早く楽に体裁よく終わらせることばかり考えてしまいます。
さっさと目的地に着こうと思ったら運賃を稼いでお金を支払った方が何倍も早く目的地に着く。
これは事実です。
- ケチは何も生み出さない
- お金の使い方を学習する
- 新しいことにチャレンジする
- チャレンジしたことがどうやったら収益になるか考える
- 種をまくことだけになってないか考える
- 時短になるものに投資をしていく
行動しないとずっとそのまま

30代の男性で月給20万そこそこの貧乏であれば、今まで労働地獄だったところから抜け出すにはかなり作業が必要になります。積み上げて来たものがなければ、最初から積み上げないといけません。
でも半年~1年以上積上げ作業


そんなに大変なのかよ
そう思うかもしれません、でも、何も起こらなかった自分の過去を思い出して欲しい、そのまま続けていたら貧乏から抜け出すことはない。
でもたったの半年から1年コツコツ積上げていけば抜け出す道を作っていくことが出来る。
残念ながら宝くじで一発大逆転とか、株に投資をしても、FXをしても、せどりとかで楽して簡単にお金が手に入るなんていう甘い出来事は起きません。
楽にお金が手に入るという、奇跡は起きません。
お金を生み出す方法を学んで、作りだすことが出来ないから、貧乏なんです。
お金を投資できるだけ持っていないなら、時間を投資をすればいいだけのことです。学習するためのお金を手に入れる手段としてなら時間給の仕事をするのはいいでしょう。
知らないことが多いとただ指示に従うだけになってしまい、新しいことは何もおきない。今までの人生は運が悪かったという理由やエピソードを探して丁寧に飾っておいても何も変化は起きません。
自分がやりたくないことは、誰もやりたくない。
僕はこんな何も変わらない、一生怒られてストレスを我慢して続く、労働地獄はいやでした。
そんな腐った未来よりも、大変だけど、作業を積み上げて豊な未来にしていこうと考え、その努力を続けていきます。
最後まで読んでくれて本当にどうもありがとうございます。
ここまで読んでくれた読者のみなさんに心から感謝します。こんな超長い自己紹介を読んでくれて本当に嬉しい。正直なところ全部実話なので書くか迷った文面がたくさんありました。
いかに自分が惨めな人生だったか悔しい気持ちをここに吐き出しました。色々なことを認めたくない強情な自分の感情と向き合うことが出来る良い機会でした。
自分が感じてきた感情をありのまま、なるべく正確にかいてみました。
この話しを読んだ人が、昔の僕のような恐ろしい世界、思い出したくもないような現実の世界、すべてを諦めていた世界から、抜け出すきっかけになって、それから素直になって、自分の感情に嘘をつかないで生きてくれることを心から願います。
改めて、ここまで読んでくださいまして、どうもありがとうございました。
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